安達弾~打率2割の1番バッター~ 第10章 練習試合2試合目 船町北VS大阪西蔭⑧
(ようやった浩二。あの1年を完璧に抑えおったで。これでもう怖いもんなしや。交代したばかりの万場兄弟相手に、船町北が得点できる可能性は0。一方でこちらが相手する黒山君はすでに100球越えでいつ体力の限界がきてもおかしゅうない。いや、体力だけやなくて精神的にも限界がきとるはずや。味方の得点が期待できないこの状況で投げるんは体力以上にメンタルが削られる。さあ黒山君、そろそろ楽になりや)
しかし、9回裏、そして10回裏の攻撃でも、大阪西蔭打線は黒山を打ち崩すどころかヒットすら打てない状況が続いていた。
(一体何を手こずっとるんや。今対戦してるピッチャーの浩一はともかく、スタメンで出とる奴らは何度も黒山の球を見とるはずやろ)
「いい加減打たんかい!」
「すんません!」
(あっ、つい心の声が漏れてもうた。こうなったら後戻りはできひんな)
「ボロボロのピッチャー1人相手にいつまで手こずっとんねん! 特にスタメンで出とる奴ら全員。すでに何度も黒山の球を見とるんやからさっさと対策しーや。天下の大阪西蔭打線が聞いて呆れるわ」
「すんません! ただ監督、ボロボロのピッチャー言うんは訂正してください」
「なんでや!」
「だってあいつ、対戦する度に元気になっとるんです」
「んな訳あるかいな。あいつはすでに150球近くも投げとるんやで。もう限界の……」
「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」
「とにかく、変な言い訳しとらんでさっさと打ち崩してこい!」
「はい!」
11回裏。キャッチャーの鶴田は、回を追うごとに進化する黒山の球を受けながら、しみじみと感じていた。
(体力的にも精神的にも不利な状況に追い込まれれば追い込まれるほど力を発揮する黒山……まさにエースの資質。これは白田にも水谷にもない資質だ。監督が黒山をエースに指名したのも頷ける。今の黒山なら、プロのチーム相手でも打たれる気がしないぜ)
この回の先頭の5番バッター星田に対して、黒山はストレートとカーブで2ストライクを奪っていた。
(よし追い込んだ。最後はカットボールで三振だ。いけ黒山!)
しかし、黒山の投じたカットボールは大きくコントロールが乱れ、星田の太ももを直撃した。
「デッドボール!」
(おいおい黒山、せっかく追いこんだのにしっかりしてくれよ)
そう思いながら地面に転がる球を拾った鶴田は、慌ててタイムをかけると黒山の元に向かった。
「おい黒山!」
「悪い悪い。ちょっと手が滑っちゃってさ」
「嘘をつくな! これは何だ!」
そう言って鶴田が突き出した球には、真っ赤な血が付いていた。
「バレたか。実は、ついさっきマメが潰れちゃって」
そう言って見せた黒山の左手人差し指の右側は赤く染まっていた。
「多分慣れないカットボールを投げまくったのが原因だろうな」
「そんな状態じゃもう投げられないだろ。交代しろ」
「いや、ダメだ。水谷にしろ白田にしろ投球練習もしてない状態でいきなり登板させるのはまずいだろ。このチームのエースとして、そんな無責任なことはできない。だからこの回だけは最後まで投げさせてくれ」
「確かに一理あるが、その指じゃもうもたないだろ」
「この位置のマメだとカットボールはもちろんカーブも正直厳しい。けどストレートならいけるぜ」
「まさかお前、大阪西蔭打線相手にストレートだけで勝負できるとでも思ってるのか?」
「逆に聞くけど、お前はどう思う?」
(キャッチャーとしての立場で言えば、絶対止めるべきだ。けど一野球好きとしては、この勝負、特等席のキャッチャースボックスから見てみたい……)
「ほら、お前も見てみたいだろ? 俺も最後にストレートだけで勝負してみたい。今まで大阪西蔭を抑えられたのはどうしても付け焼刃で覚えたカットボールに頼り過ぎた面があるからな。最後は本来の自分の力を試したいんだ」
「全く、しょうがねえな。水谷と白田を準備させてない状態で登板させたくないとかエースとして無責任だからとか言ってたのは建前で、本当はただただ自分がストレート勝負してみたかっただけだろ。ほんとわがままな奴だな」
「エースっていうのはわがままくらいの方が向いてるんだよ」
かくして、黒山の続投が決まった。
6番バッターの佐々木に対して、3球連続でストレート。初球は外角のストライク。2球目は内角の低めに外れてボール。3球目は外角高めの球をファールにされてカウントは1ボール2ストライクとなった。
(全球ストレートで追い込まれてもうたか。さすがにそろそろカットボールがきそうやな。いや、裏をかいてカーブか)
黒山がもうストレートしか投げられないことを知らない佐々木は、ストレートが続けば続くほど変化球への警戒を強めていった。
4球目。鶴田のサインは外角低めだったが、コントロールが乱れてど真ん中にストレートがいってしまった。
(えっ、ど真ん中?)
「ストライク! バッターアウト!」
(しかもまたストレートかいな。完全に裏かかれたわ。随分思い切った配球やな)
続く7番バッターの万場兄弟の弟浩二は、バントのサインを出されていた。
(さっき対戦した4番の万場はバッティングが明らかに下手だった。ということは双子のこいつも大したことはなさそうだ。となると、十中八九バントをやってくるはず)
鶴田は内野の守備陣にバントシフトのサインを出したあと、黒山にはバントをしづらい内角高めのサインを出した。
初球、黒山の球は内角ではなく真ん中の高めに向かっていた。
「カーン!」
浩二はなんとかバットに球を当てることはできたものの球の勢いを殺し切れずピッチャー正面に強い当たりの打球が転がった。
「セカンド!」
鶴田の声に反応した黒山は素早くセカンドへ送球した。
「アウト!」
セカンドの新垣はそのままファーストへ送球する。
「セーフ!」
ダブルプレーとはいかなかったものの、セカンドへランナーを進めることを防ぎ、2アウトランナー1塁となった。
(よし、これであと1人。この調子ならなんとか抑えられそうだな。黒山、最後まで踏ん張ってくれよ)
しかし、ここで戸次監督はチーム全員にある指示を出していた。
(黒山君はもうストレートしか投げれへん。ストレートを狙い打つんや!)
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