安達弾~打率2割の1番バッター~ 第10章 練習試合2試合目 船町北VS大阪西蔭⑦

 今から約1年前。戸次監督は新入生のスカウト候補として挙がっていた選手が出場する大阪リトルシニアの試合映像を確認していた。

(球速もなかなか速いし、コントロールもまあまあええな。変化球もそこそこ豊富やし、全体的にレベルの高いええピッチャーやな。せやけど……どこか突き抜けたもんを感じひんな。甲子園優勝を目指すうちのチームのエース候補としては、若干物足りんな。一応バッティングの方も確認しとこか。おっ、相手のピッチャーごっつ背が高いな。右のサイドスローか。角度のある良い球放るやんけ)

 そのピッチャーこそが、万場兄弟の兄、浩一だった。戸次監督は目当てのスカウト候補のバッティング確認そちのけで、浩一のピッチングに注目していた。

(右バッター相手にはほぼ完璧に抑えとるけど、左バッター相手になるとあっさり打たれがちやな。なかなかおもろい選手や思うたけど、うちにはいらんかな)

 そう戸次監督が考え始めていた試合中盤から、右のサイドスローで投げていたはずのピッチャーが突如として左のサイドスローで投げ始めた。

(一体どういうことや? もしかしてこのピッチャー、両利きなんか? いやいやそんな訳あらへんよな。でもさっきまで投げてたピッチャーと顔も体もフォームもそっくりやし……そうか、双子か! いやー驚いた。利き腕だけが逆でそれ以外ここまでそっくりとはおもろいな。せやけど……)

 万場兄弟の弟、浩二は、左バッター相手にはほぼ完ぺきに抑えていたが、一方で相手が右バッターになった途端、あっさりとヒットを打たれ始めた。

(やっぱりそうか。弱点まで似なくてもええのにな。やっぱりこいつもうちにはいら……いや、待てよ。1人をピッチャー、もう1人をファーストにでも置いといて、バッターごとに守備位置を交代させれば……よし、決めた。2人セットでスカウトや)

 こうして、万場兄弟の兄浩一と弟浩二は、2人揃って大阪西蔭高校に入部することが決まった。

 

 万場兄弟の兄で右サイドスローの浩一から弟で左サイドスローの浩二に交代すると、左バッターの9番星は、為す術もなく三振に倒れた。

(我ながらようできた作戦やな。右対右、左対左に限れば万場兄弟は無敵や。事実、うちのレギュラーですら最初に万場兄弟と対戦した時はまともに球に当てることすらできひんかったからな。船町北はんからすれば、百瀬や千石以上に厄介な投手かもしれへんな)

 9回表2アウト。この場面で左バッターの1番安達が打席に入った。

(さて、そんな無敵の万場兄弟を要しても抑えられるか唯一不安なのがあの1年バッターや。百瀬からはツーベースヒットに加えてあわやホームランの当たりを放ち、うちのエース千石からも形はどうあれヒットを打っている。ここが勝負所やぞ。頼むで浩二)

(もうあのサイドスローから得点を期待できるのは安達しかいない)

 それが船町北ナインと鈴井監督の共通認識だった。応援の声にも熱が入る。

「いけ―安達!」

「ヒット打ってくれー!」

「いや、ただのヒットじゃ承知しねーぞ!」

「ホームランだ!」

「ホームラン打ってくれー!」

「ホームランしか許さねーぞ!」

「ぜってーホームラン打てー!」

「ホームラン! ホームラン!」

「頼むぞ安達!」

 そんな安達に対する初球は、内角いっぱい高めへのカーブだった。

「ストライク!」

 球審のストライクコールを、安達は尻餅をつきながら聞いていた。

(こっわー。背中側からボールが出てくるってこんな感じなのか)

 安達にとって、左のサイドスロー投手と対戦するのはこれが初めての経験だった。

(ただでさえサイドスローみたいな変則的なフォームの相手、ピッチングマシンの球筋と違うから苦手なのに、それに加えて左利きだもんな。ほんと打ちづらい)

 2球目。浩二は内角いっぱい高めへ今度はスライダーを投じた。

「ストライク!」

 安達はまたもや尻餅をついた。

(ダメだ。打てる気がしない。ぶつけられそうで怖い。でもさすがに3回連続尻餅は恥ずかしいよな。逃げるな俺。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……)

 安達が自分に何度もそう言い聞かせながら臨んだ3球目、安達は見事恐怖心に打ち勝ちフルスイングをした。

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

 浩二が投げた球は、大きく外に外れたスライダーだった。