安達弾~打率2割の1番バッター~ 第10章 練習試合2試合目 船町北VS大阪西蔭⑥

 8回の表。今まで先発していたエースの千石が違うピッチャーに交代したのを見て、船町北ナインの士気は俄然高まっていた。

(ラッキー! 正直千石の球は打てる気がしなかったからな。これでやっと俺にもヒットを打てるチャンスが巡ってきたぞ)

 この回の先頭バッター福山は、やる気満々で打席に向かった。

(このピッチャー、甲子園の映像には出てなかったし初めて見るな。身長でけえし腕もなげーし体格でいうと三街道の細田にそっくりだな。さて、どんな球を投げてくるんだ? まっ、千石や百瀬の球を経験した後なら、どんな球がきても驚かないだろうがな)

 そんな福山に対する初球。細田似のその投手は、三塁側のピッチャーズプレートギリギリの位置から、長い右腕をめいっぱい横に伸ばすサイドスローのフォームから球を投じた。

(うわっ! ぶつかる!)

 右バッターの福山は、自分に向かってくる球に恐怖を感じて体を思いっきり後ろに反らした。

「ストライク!」

(えっ! 今のがストライク?)

 福山が体を反らして球から目を離した瞬間、球は鋭い大きな曲がりをみせ内角ギリギリのストライクゾーンを通過していた。

 2球目。細田似投手の投じた球は、またもや福山の体に向かっていた。

(うわっ! またかよ!)

 福山はまた体を反らして避けようとしながらも、今度は球から目を離さずにいた。

「ストライク!」

(すげー変化量のスライダーだな。ただでさえ角度がエグイ上にこんなスライダーを組み合わせて投げられたらたまったもんじゃねえよ。でも、ストライクゾーンを通過してるなら打てないはずはないよな。恐怖心に打ち勝って思い切って振るしかない!)

 3球目。細田似投手が投じた球は、福山の顔面付近に向かっていた。

(うわっ! 殺される!)

 福山は命の危険を感じ反射的にしゃがみこんだが、球はそこから大きく斜め下に曲がってストライクゾーンの内角高めを通過した。

「ストライク! バッターアウト!」

(最後の球はカーブかな。それにしても福山の奴、めちゃくちゃダサかったな。内角球を怖がってるようじゃ、野球はできないぜ)

 そう心の中で福山をバカにしながら打席に上がった6番バッターの新垣だったが、福山と同じような形であっさりと三振に倒れた。

(福山のビビりっぷりを見た時は笑っちゃったけど、その様子を見ていたはずの新垣までこのザマとはさすがに笑えないな。2人共しっかりしてくれよ)

 そう心の中で2人に説教をしながら打席に上がった7番バッターの尾崎だったが、前の2人以上のビビりっぷりをみせながらあえなく三振に倒れた。

(右の横投げからのスライダーやカーブなら白田や水谷の球で慣れているはずなのに、それでもあの怖がりようとは。相当角度や変化がすごいんだろうな。この調子だと右バッターに期待するのは難しそうだな。まっ、幸い次の回では左バッターの星と安達に打席が回る。まだまだチャンスはあるぞ)

(左バッターならチャンスはある、なーんて向こうの監督さんは今頃考えとるんやろうな。そんな甘っちょろい考えが崩れ去る姿を拝めるのが、今から楽しみやわ)

 8回裏。カットボールの癖を治した黒山の投球に大阪西蔭打線は対応できないままあっという間に三者凡退に抑えられた。

 そして9回表。細田似の右サイドスロー投手に8番バッターの尾崎はあっさりと抑えられた。

(ここまでは想定内。右バッターにあの投手は相性が悪すぎるからな。だがここからは星、安達と左バッターが続く。ここにきて最大の得点チャンスが巡ってきたぞ)

 そう喜んでいた鈴井監督だったが、ここで大阪西蔭からタイムがかかると、戸次監督が鈴井監督の元に向かって話しかけた。

「ちょっと確認したいんですけど、このまま引き分けが続いた場合、延長戦もやりますか?」

「あっ、そういえば決めてなかったですね。うちとしては大阪西蔭さんさえよければやらせていただきたいです」

「それは良かった。うちとしてもこのまま引き分けで終わるのはスッキリしないので臨むところです」

「ただ、帰りの新幹線の時間もありますので12、3回くらいまでが限度ですかね」

「じゃあ12回までということでよろしいですか?」

「はい、それでお願いします」

(まっ、そこまで黒山君の体力が持つとは思えへんけどな)

 話し合いが終わると、戸次監督は続いてファーストの遠藤を万場という選手に交代させた。

(ここにきて守備固めか)

 鈴井監督がそう思ったのも束の間、戸次監督はさらに守備位置の変更を告げた。

「ピッチャーとファーストを交代」

(えーと、つまりファーストに入った選手はピッチャーだったってことか。ていうか新しいピッチャーもでかいな。さっきのピッチャーとそっくりだ。体形だけじゃなくて顔まで似てるな。まるで双子のよう……あれ、もしやこの2人)

 鈴井監督はさっきまで投げていたピッチャーの名前を確認した。

(万場……そして今交代したピッチャーも万場……この2人、本物の双子だ!)

 鈴井監督よりも近い位置から2人の様子を見ていた9番バッターの星は、鈴井監督よりも先にその事実に気付いていた。

(うわーめっちゃそっくり。双子って生で初めて見た。いや、龍谷の清村兄弟も見てるから初めてではないか。正確には一卵性の双子を初めて見ただな。これだけそっくりってことはプレースタイルも同じなのかな? でもそれじゃあわざわざ交代する意味ないよな) 

 そんなことを考えていると、新しく交代したピッチャーが投球練習を始めた。

(うわーマウンドの立ち姿まで本当に瓜二つだ。でもどこか違う気がするな。おっ、やっぱりこいつもサイドスローか。投球フォームも瓜二つ。でもどこか違和感が……あっ、わかった。利き腕が逆なんだ。さっきまでの万場は右で今投げてる万場は左。てことは左対左……やばい、俺打てないかも)

 投球練習の様子を見ていた鈴井監督は、さらに恐ろしい事実に気付いていた。

(今投げてる万場は左で、右の万場もファーストに残っている。ということは、対戦するバッターに合わせて右の万場と左の万場を守備位置を交代させて使い分けられるということか。これって……攻略するの無理じゃね?)

 船町北 0-0 大阪西蔭