安達弾~打率2割の1番バッター~ 第10章 練習試合2試合目 船町北VS大阪西蔭⑤

 安達の内野安打によりノーアウトのランナーが出た船町北打線だったが、続くバッター達はあっさりと千石に抑えられ、7回表も無失点に終わった。

 そして7回裏、大阪西蔭の攻撃。

 4回からカットボールを投げ始めた黒山に完璧に抑えられていた大阪西蔭打線だったが、前の回に黒山の投球をベンチから見ていたファーストの遠藤はある黒山の癖に気付き、その情報をチーム全員に共有していた。

『黒山はカットボールを投げる直前、握りを確認する癖がある』

(ようし、ほなカットボールに狙いを絞って打ったるか)

 この回の先頭バッター5番星田は、カットボール狙いで打席に入った。

 初球、黒山は投げる直前、グラブで隠してある左手の握りにちらりと目を向けてから投球動作を始めた。

(カットボール、いきなりくるで!)

 黒山は星田の予想通りのカットボールを外角低めに投じた。

「カーン!!」

 星田の打球は芯の外れた当たりでボテボテのショートゴロに終わった。

(くそ! わかってても捉えきれへんかった)

 続く6番バッターの佐々木は、打ち取られた星田の様子を見ながらこんなことを考えていた。

(アホやなあ。わざわざ1番難しいカットボールを狙いにいくやなんて。賢い俺は、ストレート狙い一択や。千石のストレートを見慣れてる俺らならそっちの方が打ちやすいに決まっとるやろ)

 初球、黒山は投げる直前、また握りを確認してから投球を始めた。

(よし、見逃しや)

「ストライク!」

 2球目、黒山は握りを確認しないまま投球を始めた。

(例えカーブがきたとしてもまだ1球余裕がある。ストライクゾーンにきたらとりあえずフルスイングや)

 黒山の投じた球は、内角へのストレートだった。

「カーン!!」

 佐々木の打球はセカンドフライに終わった。

(くそ! 1、2打席目の時と比べて球速もキレも増しとるやないか)

 1か月前に監督から正式にエースを指名された黒山は、エースとして先発で最後まで投げ切る試合では、ペース配分を意識して序盤はコントロール重視で抑え気味に投げることを意識し、中盤から終盤にかけて徐々にギアを上げていくという投球スタイルを確立させていた。

 続く7番バッターで黒山の癖を見抜いた張本人でもある遠藤は、星田と佐々木の打席を見てこんなことを考えていた。

(2人共アホやな。せっかく俺が癖を見抜いてやったいうのに全然生かしきれてないやないか。カットボールにしてもストレートにしても、こいつが投げる球は一級品や。だが唯一、カーブだけは平凡そのもの。狙うならカーブ一択やろ)

 初球、外角にストレート。

「ストライク!」

 2球目、内角にカットボール。

「ボール!」

 3球目、外角高めにカットボール。

「ストライク!」

(追い込まれてもうたけど、そろそろカーブくるやろ。それまではなんとかカットで粘るで)

 その時、突然キャッチャーの鶴田が声を上げた。

「すみません、タイムお願いします!」

(やばい、もしかして癖のこと気付かれたか)

 しかし、鶴田がマウンドに向かった後、黒山がしゃがんで靴紐を結び始めたのを見て、遠藤は安堵した。

(なんや、靴紐がほどけてたのを教えただけか)

 黒山が靴紐を結び終わったところで、試合は再開された。

 4球目、黒山は握りを確認してから投球を始めた。

(またカットボールかいな。とりあえずボール球なら見逃して、ストライクになりそうならカットや)

 黒山の投じた球は、ど真ん中へ向かっていた。

(ここから曲がってくれば内角ギリギリ入りそうやし、カットしとくか)

 しかし、球は曲がることなくそのままど真ん中に構えた鶴田のミットに収まった。

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

(はあ? なんでストレートがくるねん!)

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 遠藤が抑えられる約1分前。

「すみません、タイムお願いします!」

 鶴田はマウンドに向かうとすぐに黒山に指示を出した。

「靴紐結び直せ!」

「えっ! 別にほどけてないけど……」

「いいから結び直せ!」

「あっ、ああ」

「いいか、気付いてないと思うけどカットボールを投げる前だけ握りを確認するのが癖になってるぞ。だから次からは全投球で握りを確認してから投げてくれ」

「わかった。だけどなんでわざわざ靴紐を結び直さなきゃならないんだ?」

「相手にバレねえためだよ。少しは頭使えよ」

「ああなるほど。了解でーす」