安達弾~打率2割の1番バッター~ 第10章 練習試合2試合目 船町北VS大阪西蔭①
船町北高校の鈴井監督は、1試合目を終えた選手達を集めて軽いミーティングを行っていた。
「5対0ということで結果だけ見ればボロ負けだが、最後の安達の当たりはほぼ満塁ホームランだったし、実質は5対4だ。ということで、あの超強豪大阪西蔭相手にこんな接戦をできたのはなかなか良かったんじゃないか」
1点も取れずに終わって監督から怒られるんじゃないかと表情を強張らせていた船町北ナイン達は、監督のその言葉を聞いて表情を緩めた。
「なーんて、言うとでも思ったか!」
表情を緩めたばかりの船町北ナイン達は、慌ててまた表情を強張らせた。
「正直2番手ピッチャーの百瀬相手に1点も取れないなんてガッカリだよ! 9回の攻撃はなかなか良かったが、それまでは安達のツーベースの除けばノーヒット。白田相手に4点を奪い、最近新しいフォームが定着してきて絶好調の水谷からも点を奪った大阪西蔭打線とは雲泥の差だ。例え最後の安達の打球がホームランになっていた所で、試合の勝敗は変わらなかっただろうな。とにかく今は、実力で劣っていることを素直に認めた上で、どうしたらもっと上を目指せるのか、各々じっくり考えて課題を見つけてこれからの練習に活かしていこう!」
「はい!」
「次の試合ではいよいよ真打の千石が登板する。まあ百瀬すら打ち崩せなかったお前らだから、千石から点を取るのは相当厳しいとは思うが、例え打てなくてもいい経験には必ずなるはずだ。精一杯食らいついていけよ!」
「はい!」
「それじゃあ2試合目が始まるのは13時30分だからその30分前の13時までには昼食を済ませておくように」
「はい!」
一方その頃、大阪西蔭高校の戸次監督も、1試合目を終えた選手達を集めてミーティングを行っていた。
「1試合目の感想ですが、攻撃も守備もなんとか合格点と言った所でしょうか。5得点というのは少々物足りない感じもしますが、船町北高校の投手力は全国でもトップクラスです。あの投手2人の継投からというのを考慮すればまずまずでしょう。そして守備ですが、結果だけ見れば無失点ですけど、9回は危なかったですね。百瀬君、そして川本君、スリリングな試合展開を演出するのもいいですが、これからはもう少し心臓に優しい投球をお願いしますね」
「はい!」
「それと最後に、2試合目では千石を7回まで先発させて、8回からは万場兄弟に投げさせます。誰か3人に伝えておいてくださいね。それじゃあ2試合目は13時30分からですので早めに昼食を摂って試合に備えておいてください」
「はい!」
黒山と水谷は急いで弁当を掻き込むと、まだベンチで昼食を食べている途中の百瀬の元に向かった。
「百瀬さん、食事中にいきなり失礼ですけど良かったら俺達にカットボールの投げ方教えてもらえませんか?」
突然の申し出に、百瀬は不機嫌そうに答えた。
「自分らホンマ失礼やで。藪から棒にいきなりなんやねん。あのカットボールはな、色々と試行錯誤を重ねた末にやっとものにした俺にとっての大事な宝物なんや。それを今日あったばかりの他校の投手にそう易々と教えてやる道理はないやろ」
「もちろん、タダでとは言いません。もしも教えていただけたら、お礼にこれを差し上げます」
そう言って黒山が差し出したのは、カラフルな7色のカラーが特徴的なタオルだった。
「嘘やろ! もしかしてこれ、先月幕張メッセでやった虹スぺの……」
「そうです。アイドルグループ虹色スペードXが幕張メッセでやったライブの会場限定タオル。しかもまだ未使用の新品ですよ」
「しゃーないなあ。いっちょ教えたるわ」
(よし、作戦成功だ!)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
大阪に出発する前日、黒山が家のリビングで百瀬の投球映像を見ていると、たまたま通りかかった黒山の大学生の兄があることに気が付いた。
「このピッチャーのグラブ、虹色の刺繍がしてある。こいつは間違いなく虹スぺのファンだな。おい聡太、この学校って明日大阪で練習試合する相手だよな?」
「そうだけど?」
「じゃあさ、お前に虹スぺのタオルあげるからそれをあのピッチャーにプレゼントしてやってくれよ」
「別にいいけど、何でわざわざそんなことを?」
「虹スぺってほとんど関東でしか活動してないからさ、関西のファンは可哀相な境遇なんだよ。そんな中、健気に虹スぺの応援を続けるあいつを見てると何かしてあげたくなちゃってさ。あいつにあげるタオルはこの前の幕張メッセのライブで保存用に買った奴だから、このまま押し入れに眠らせとくぐらいならあいつにプレゼントしてやった方がタオルも喜ぶだろ」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
(タオルも喜ぶとか何言ってんだこいつって思ってたけど、兄貴のおかげで百瀬にカットボールを教えてもらえることになったよ。ありがとう兄貴! そしてありがとう虹スぺ!)
百瀬は半分近く残っていた昼食を一気に搔き込むと、ブルペンに移動して2人にカットボールの投げ方を熱心に指導し始めた。時間にするとほんの15分程度だったが、そのわずかな時間ですでに黒山は百瀬そっくりのカットボールを習得しつつあった。
(やっぱり思った通りだ。今年の春のセンバツで百瀬が投げてる映像を見た時にピンときたんだ。俺のフォームに似てるって。だからあのカットボールもすんなり習得できるんじゃないかと踏んでいたが、まさかここまで相性がいいとはな)
そして水谷の方も、黒山の完成度までは及ばないものの確かな手応えを掴んでいた。
(俺のオーバーからの投球は元々黒山のフォームを参考にしたものだからな。今は変則的なフォームに変わったけど、最終的に投げる瞬間のフォームは今でもほぼ変わらない。つまり、黒山が投げられるってことは俺でも投げられるはずだ)
虹スぺのタオルにつられてついカットボールを2人に教えてしまった百瀬は、今更ながら少し後悔していた。
(どうせ投げられないやろうと高を括っとったけど、まさかこんなに飲み込みが早いとはな。もしかして俺、かなりまずいことしちゃったか? でもまあ千葉の高校やし、きっとまた優勝は龍谷やから甲子園で当たることはまずあらへんし大丈夫だよな? うん。きっと大丈夫や)
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません