安達弾~打率2割の1番バッター~ 第1章 安達弾少年時代
西暦2025年。日米野球のため来日していた今年の新人王デニス・ジャクソンは激怒していた。
「クソ! なめやがって」
「どうしたんだジャクソン?」
「マックスさん。ちょっと見てくださいよジャパンチームの1番バッターの成績。打率.202ですよ。こっちはわざわざアメリカから来てやってるっていうのに、こんなしょぼい選手を出してくるなんて完全になめてるでしょ」
「そうか。お前は今回が初めての日米野球だからダンアダチを知らないんだな」
「こいつ去年も出てたんですか?」
「ああ出てたよ。去年俺も対戦した」
「なんでこんなしょぼい奴がジャパンチームの1番バッターなんすか。同じリードオフマンとして納得いかないっすよ」
「ジャクソン、アダチの今年の成績をよく見てみろ。アダチはお前なんかよりもよっぽど優秀なリードオフマンだと思うぞ」
「マックスさん。俺の今年の成績知ってます? 打率.351。ホームラン15本。盗塁31。打率たった2割のこいつとは格が違いますよ。えーと、401打数でホームランが25本。なるほど、確かにパワーだけならこいつの方が上かもしれませんね。それと、三振が204。ぷっ、こいつ典型的な扇風機じゃないっすか。それで、盗塁が62と。えっ? 62って俺の丁度2倍じゃないっすか。これ何かの間違いですよね?」
「いいや。間違いじゃねえよ」
「でもこんな低打率じゃそもそも盗塁できる機会すら少ないはず。それでこの盗塁数って……もしかしてこいつ、元陸上選手とかですか?」
「おいジャクソン、お前リードオフマンにとって1番大事な成績を見逃してるぞ」
「リードオフマンにとって1番大事な成績……そうか、出塁率だ。えーと出塁率出塁率…….479。マックスさん、この数字って何かの……」
「いいや。間違いじゃねえよ」
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西暦2005年。11月9日。この日は安達弾5歳の誕生日だった。弾の父親はバッティングセンターの経営をしていたがあまり繁盛しておらず、父と子2人がぎりぎり生活するのがやっとの状況だった。
(せっかくの誕生日だし何かプレゼントを買ってやりたいが、金がない。一体どうしたものか)
父親はため息をつきながら、客のいない6つの打席をぼーと見つめていた。
(この6つの打席が常に埋まるくらい客が来てくれたら弾に何でも好きなもんを買ってやれるんだけどなあ。現実は休みの日でも半分埋まるかどうかだし。まさかバッティングセンターがここまで儲からないとはな。こりゃあ奥さんにも逃げられる訳だ。おっと、こんな愚痴をこぼしてる場合じゃないな。何か金のかからない誕生日プレゼントを考えなくては……)
そうこうしている内に、幼稚園から弾が帰ってきてしまった。
「父ちゃんただいまー。誕生日プレゼ……」
「弾! 外から帰ってきたらちゃんと手洗いうがいしないとダメだぞ!」
「はーい」
(危ない危ない。今絶対誕生日プレゼントって言おうとしてたよな。めちゃくちゃ目キラキラさせてたし。これでプレゼントがないなんて言ったら絶対大泣きするぞ。何かその辺にあるものでプレゼントにできるものは……)
その時、父親は閃いた。
(そうか! その手があったか!)
「父ちゃん、手洗いうがい終わったよ」
「弾、今日から一番奥にあるピッチングマシーンはお前が自由に使っていいぞ。父ちゃんからの誕生日プレゼントだ」
「やったー。父ちゃんありがとう」
父親からピッチングマシーンをプレゼントしてもらった弾は、毎日飽きもせず球を打ち続けていた。
それから1年後。
「父ちゃん、もっと球速くして」
「よしわかった」
弾の父親は90キロに設定していた球速を100キロに上げた。
それから半年後。小学生になった弾は学校から帰ってくると相変わらず球を打ち続けていた。
「父ちゃん、もっと球速くして」
「よしいいぞ」
弾の父親は100キロに設定していた球速を110キロに上げた。
5か月後。
「父ちゃん、もっと球速くして」
「よしきた任せとけ」
弾の父親は110キロに設定していた球速を120キロに上げた。
3か月後。
「父ちゃん、もっと球速くして」
「早いな。もう打てるようになったのか」
弾の父親は120キロに設定していた球速を130キロに上げた。
2か月後。
「父ちゃん、もっと球速くして」
「まだ上げるのか。すごいな」
弾の父親は130キロに設定していた球速を140キロに上げた。
1か月後。
「父ちゃん、もっと球速くしてよ」
「弾、これが限界だ。これ以上は速くできないからな」
弾の父親は140キロに設定していた球速をマックスの150キロに上げた。
1か月後。
「父ちゃん、もう簡単に打て過ぎてつまんないよ。もっと難しくできないの?」
「よしわかった。じゃあ設定をいじって球速がランダムに出てくるように改造してやろう」
弾の父親は110キロ、130キロ、150キロの球がランダムに出てくるように設定を変えた。
「父ちゃん、球の速さがバラバラに出てくるだけでこんなに難しくなるんだね。すごい楽しいよ」
「それは良かった」
2年後。小学4年生になった弾は、相変わらず学校から帰ってくるとピッチングマシーンを打ち続けていた。
「父ちゃん、今年の誕生日プレゼントだけどさ」
「気が早いな。まだ半年も先じゃないか」
「変化球も投げてくるピッチングマシーンが欲しいな」
「無理無理無理。変化球のマシーンは高いんだよ。今ので我慢しなさい」
「やだやだやだ。真っすぐしか投げられない今のやつじゃいくら球速がランダムでも簡単過ぎるんだよ。最初の頃は全然ダメだったけど最近じゃあほとんどジャストミートできるようになっちゃったし。そういえば、5歳の誕生日にこのピッチングマシーンをもらって以来、毎年ろくな誕生日プレゼントくれてないよね? だからさ、今年こそ頼むよ。これ買ってくれたらもう一生誕生日プレゼントいらないからさ。お願いだよ」
「そんなこと言われてもなあ。変化球のマシーンを買うとなったら今のマシーンを3台は売らないとならないし」
「売ればいいじゃん」
「簡単に言うなよ。3台も売ったら残りのピッチングマシーンは3台だけになるんだぞ。それじゃあ数が足りなくてお客さんが困……」
「困らないでしょ。うちのバッティングセンターいっつもガラガラだし」
「たしかに……」
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西暦2010年。11月9日。安達弾10歳の誕生日。
「弾、お待ちかねの誕生日プレゼントだぞ」
「やったー! ありがとう父ちゃん」
「このピッチングマシーンはな、最高160キロの直球に加えてカーブ、スライダー、フォーク、シンカ―、シュートの変化球5種類を90~140キロの速さで投げられるんだ。さらに変化球の変化の大きさも3段階まで調節できて投げるコースも自由自在。もちろん、変化や球速の違う球をランダムに投げる機能も付いてるぞ」
「すっげー! これなら一生飽きずに遊べそうだな」
幸か不幸か弾の暮らす千葉県の田舎町には少年野球のチームがなかった。そして弾がその後進学する近所の中学校にも野球部がなかった。
そのため弾はバッティング以外の野球を一切経験することなく5歳から15歳までの10年間、同世代の野球少年達がキャッチボールやらストレッチやらランニングやら筋トレやら素振りやら守備練習やら練習試合やら本番の試合やら応援やらをしている間も、ただひたすら毎日毎日ピッチングマシーンの球だけをひたすら打ち続けていた。
そんな特殊な少年時代の野球経験が、のちの打率2割の異色の1番バッター安達弾を生み出すことになるとは、まだ誰も知る由もない……。
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